「アフターマーケット」に掲載されました。

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アフターマーケット(PDF) 2011.9 -1
アフターマーケット(PDF) 2011.9 -2
アフターマーケット(PDF) 2011.9 -3

ネット集客で直需開拓型工場へ脱皮
業界支援のための新会社設立

伊倉板金塗装工業(伊倉大介社長)は、インターネット集客により直需開拓型工場への脱皮を図るとともに、サービス業の視点に立ち、お客様満足を強く意識した「理念浸透型経営」を追求している。
また、業界の底上げと地位向上を目指し、同業者を支援する新会社を設立。これまでに培ってきたネット集客などのノウハウを活かし、経営を支援していく方針である。
同社は1972年に伊倉宣雄氏が東京都目黒区で創業した。宣雄氏は今から‐4年前に逝去し、当時、大学4年生だった長男の伊倉社長が跡を継ぐことになり、母と社員の3人で再スタートを切ることになった。
借入金など負の遺産もあったが、時間を働けば売上になる仕事だったため、夜中の3時まで働く生活を3年間続けた。そのかいあって仕事は増えて現場社員も3人になった。

だが働けど働けど社会的、経済的に報われないことから、肉体的、精神的に限界に達し、会社を清算することを決めた。
しかし、そのことが人との出会いを生み、予期せぬ転機となった。
会社を清算するため、社員の引き受け先を探してデイーラーのBPセンターの工場長に相談に行ったところ、逆に「自分を一履わないか」と思わぬ相談を持ちかけられたのだ。
その工場長は同社の近所に住んでいて、夜中まで働いている伊倉社長の噂を聞き、自らの飯金塗装人生の集大成にしたいと申し込んだのだ。
実際に一緒に仕事をしてみると、伊倉社長は自分と同じ塗装品質を1 ・5倍のスピードで仕上げる工場長の姿を見て、「自分の仕事はこういう人に現場を任せて、了不ジメントに徹することだ」と気づいた。
それから、作業改善と現場のマ不ジメントは工場長に任せ、自らは経営に徹し、集客に専念することにしたのが08年のことである。
インターネットで月35〜40台の飯金塗装入庫を獲得、集客策の柱として取り組んだのが「インターネット」である。
同社のネット集客への取組みは早く、99年にはホームページ(HP)を制作した。
その当時はHPを開設している仮金塗装業者はほとんどなく、ライバルが少なかったので劇的な効果が出た。
ヤフーのリスティングやグーグルのアドワーズなどの検索運動型広告を活用し、仕事の少ない時に広告を入れると即仕事が入ってきたという。
「ネット広告で仕事の量をコントロールできた」というほど効果は抜群で、売上は2 ・5倍に増え、社員も倍増した。
伊倉社長が会社を継いだ時は、入庫台数は月25台程度で、85%が整備工場、15%が直需(一般ユーザー)だったが、現在ではネットだけで月…

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